「ビビリで空気を読むことばかり考える人間だった」僕のプロフィール

プロフィールサムネイル

こんにちは!
ちょっと変わった獣医の仕事をしているゆべし(@yubeshi_vet)といいます。

僕のプロフィールを見に来ていただいて、ありがとうございます。

これまでの自分の人生を活かしてコンテンツ化する」を目標にブログを書いています。

ブログでは、これまでの獣医師経験から、「犬の飼い主さんが家庭でできるケア」をテーマに、できる限り分かりやすく説明しています。

今の時代って、僕らの親世代と違って「頑張って働けば働いただけ返ってくる」時代ではなくなりました。

減る一方の給料、増える一方の社会保障費(税金)、共働きが当たり前になり、なくなる自由な時間・・・

 

ε-(;-ω-`A)

 

って感じるじゃないですか?感じますよね?(強要)

マジで将来に不安を感じてる人はすっごくたくさんいるはず。

将来どころか明日会社行くのもイヤだし不安て人も絶対多い。

ゆべし
ゆべし
自分も仕事行くのイヤでしたね・・・

そんな時にブログに出会い、今はこれが「趣味」でもあり「生きがい」でもあり、「稼ぐための手段」でもある「一石三鳥」となっています。

前置きが長くなりましたが、そんなゆべしのプロフィールをまとめてみました。

まとめてみた結果、自分はやっぱりイタイ子なんだと痛感した次第です。
我が子らよ、許せ。

自分の回顧録も兼ねているので長いですが、こんなヤツもいるんだくらいの生暖かい目で最後までお付き合いいただければ喜びます。

簡単なプロフィール

サイタマのポーズをする男女

ゆべし(♂)

1981年(38歳)サイタマ生まれ。

大学卒業後、オーストラリアのパースへ1年間ワーホリ。

25歳で地元の動物病院へ勤務。

31歳で現在の職場へ転職、結婚。
子供3人+犬1頭(シーズーの太郎)

趣味:ブログ、スキューバダイビング、読書、バスケ、マンガ、アニメ

最近楽しいこと:このブログ、子供のミニバスの応援

いじめられっ子だった小学生時代

僕は子供のころから自分に自信がありませんでした
というか今も別にあるわけじゃない。

本当にビビリな子供で、幼稚園に行きたくないと泣き、学校から早く帰りたいと思っているような子でした。

今思うと、常にだれかの視線を気にして、「立派じゃなきゃいけない」というプレッシャーに晒されていたんだと思います。

ゆべし
ゆべし
誰もそんなこと望んでないのにね

引っ込み思案で暗い子供だったので、まあいじめられましたね。
特に女子に。

んでもって先生からも嫌われていた上に、高学年時の担任が嫌いな生徒をイジメる(好きな生徒は褒めまくる)タイプだったので、学級会でつるし上げられました。

「休み時間に机の上に座っていた」というそれだけの理由で、です。

その時、初めて泣きながら反抗しました。

ゆべし
ゆべし
あんただって生徒にはやるなって言うくせに、廊下は走るわ、大声で話しながら歩くわ、反抗的な生徒は校庭走らせるわ、それで子供に説教できるんか!

その担任はクラスの全員から嫌われていたので、そこで初めて「そうだそうだ!」と、自分に賛同してくれる子が声を上げてくれました。

嬉しかったな~あれは。
ほんと、一人じゃないなって救われた気がしました。

そこから話す子も増え、少しづつ変なカタさが消えていきました。

ちなみにその担任はPTA総会で問題になり、親からのクレームに耐えられず、僕らの卒業後に学校を移ったそうです(中学行ってから母親に聞いた)。

根本解決にはなってないけど、子供のころから負けず嫌いの気質はあったのかな。

そんな小学校時代。

黒歴史のオタク中学、高校生時代

小学校時代から勉強だけはできる子だったので、中学受験(当時は珍しかった)をして私立の男子校に入りました。

これが良くなかった・・・イヤ良かったんだけど。楽しかったけど。

僕らの中学時代って、アニメやマンガの全盛期だったんですよ。

ドラゴンボール、スラムダンク、幽遊白書、ジョジョ、マサルさん。挙げればキリないぐらい。

 

ハマりました。めっちゃハマりました。スラダンの影響でバスケ部に入るくらい。

好きなキャラは海南の神でしたね。
地味だけど、努力でポジションを勝ち取った凄腕の3Pシューターに憧れました。

そこまでは良かったけど、この後マンガにドハマりしすぎて抜けれなくなりました

もうね、アニメイトとかそっちに行っちゃう系
うわぁ言いたくねぇ。

今はもうアニメが日本の文化として認められてるし、親と一緒にアニメイト行くって人もいるから全然OKなんだろうけど、あの時代は相当イタい子だった。

バンダナ頭に巻いてポスターがリュックから出てるとか、そんな典型的な見た目じゃなかったけど、中身はそれに近い感じ。

女子の目がない分、もう邪魔するものは何もなかったんですよ。

コミケにも行く、好きなアニメは録画して見る、本棚はマンガだらけ。

ゆべし
ゆべし
ちなみにエヴァのシンジくんと当時同級生(14歳)でした。

高校に入り、陸上部に入ってもなにも変わらず。

進学校だったこともあり、部活もそんなに力を入れてるわけでもないので途中で辞め、受験とアニメに全力を注ぐ。

親族から「弁護士になれ!」と言われていましたが、もともと犬や猫が好きだったこともあり、途中からムリヤリ理系に転身して獣医大学への受験を決意。

そんな中学高校時代。
マジ黒歴史。
嫁さんにも明かしてない。

尊敬する先輩に出会い、救われた大学時代

集合写真

大学に入って、一番環境的に変わったこと。

「女子、おるやん・・・」

なに話せばいいのか。
とりあえずジャングルの王者ターちゃんの話はしちゃいけないことだけは分かった。

小学校時代に女子にいじめられていた記憶がフラッシュバックし、友人は男ばっかでした。

そんなんで、相変わらず自分を出さずその場の空気を読みながら生活する日々を送っていた時に転機が訪れます

1コ上のT先輩との出会いでした。

大阪出身のめちゃくちゃな人で、下ネタ大好き、酒は飲む、麻雀は打つ、ギャンブル大好きのどうしようもない人でしたがなぜか人が集まるんですよね。

「なんでこの人には不思議な魅力があるんだろう」とずーっと観察していて気づいたことがありました。

それは、

①常に心を開いていること

②自分のやりたいことに正直で、行動力があること

③失敗することを怖がらないこと

この3つです。

僕が大学時代に所属していた合気道部も、この先輩が同好会から発足させ人数を集め、実績を作り「部」まで昇格させたものです。

そして、1番大きかったのが僕みたいな空気読むだけの人間にも積極的に話しかけて良いところを見つけてくれること。

小学校の担任事件の友達以来、本当に心動かされた人でした。

この人みたいになりたい。少しでも吸収して近づきたい。

そう自然に思えるような、僕にとっての人生の恩人です。

ゆべし
ゆべし
T先輩が卒業した時は、マジ泣きしました。

そんな大学時代。

自分を変えようと渡豪した24歳

パースの景観

1日14時間の勉強という試練を乗り越え、無事に国家試験を通った24歳。

ここでT先輩に感化されていた僕は、大学5年生からバイトとスロットで資金を貯め、単身オーストラリアのパースに渡ります。

まだ仕事したくなかった。カジノ行きたかったという理由は内緒です。

もともと英語が好きだったのと、少しずつ変わってきた自分をもっと変えたい!環境を変えたい!というのもありました(ほんとに・・・ほんとに!)

自分を出していいんだと感じた海外の空気

オーストラリア・パースの街並み

オーストラリアはマルチ・カルチュラル(人種のるつぼ)とは聞いていましたが、本当にたくさんの人がいます。

最初の3か月は語学学校に行きましたが、そのクラスメイトもスイス・イタリア・台湾・韓国・中国・サウジ・ブラジル・・・覚えきれないくらいの国籍のオンパレード。

町にも同じくらいアジア系の人もいるし、アボリジニ(原住民)もいる、観光客も多い。

ちなみにアボリジニは結構危ない。
友達殴られてたし。

その中で感じたことは、「みんなけっこう好きにやってる」ということ。

意見も歯に衣着せない感じだし、時には衝突も起こる。
でも1日もすればコロッと忘れてまた仲良く話してる。

今まで空気読みすぎてちっちゃくなってた自分がバカみたいに思えました。

本格的に変わった1年

夕日を見る人たち

そこからは英語を話すのにも発音も間違いも気にせず、とにかく自分が思うことを話しまくりました。

すると、今までの自分の交友関係にはなかったタイプの人からも話しかけられるようになるし、一緒にごはんに行ったり、お互いの家に遊びに行ったり。

語学学校卒業時には、10段階の英会話レベルが、入学時の5から始まってレベル8(ビジネスで通用するレベル)まで上がっていました

ゆべし
ゆべし
大げさかもだけど、世界が開けた感じでしたね。

僕はオージー(オーストラリア人)のビバリー(愛称ベブ)というおばあちゃんの家にシェアハウスしていましたが、休みの日はベブとご飯作ったり、家にいる犬猫たちをシャンプーして遊んだり。

海も近くにあるのでスキューバダイビングの資格を取ったり、その流れで野生のジンベイザメを見に1,700km離れたエクスマウスという土地まで1週間かけて旅行したり。

バースウッドというカジノに、シェアしてた韓国人のニックと遊びに行ったりと、人生で1番じゃないかってくらい楽しい1年でした。

帰国する前には母親もパースにきて、そこからシドニーとケアンズを自分の案内で観光して帰れたので、少しは親孝行ができたかなと思っています。

そんな楽しいオージー時代。

楽しい生活から一転、挫折した動物病院時代

獣医が使う本

楽しかった時間も終わり、いざ就職。
地元で一番繁盛してる動物病院に入りました。

ここで人生最大の挫折を味わいます

オーストラリアでの経験から、心を開いてとにかくやれば成長できるとか思ってたんでしょうね。

今考えると甘すぎなんですけど、当時は気づけなかったんですよ。

 

動物病院の仕事って、時間に追われ、飼い主さんの期待にこたえ、いつも勉強し、そしてなにより命を扱っているというプレッシャーに耐えなきゃいけない。

自分の診断と治療ひとつで、この子の命がなくなるかもしれない。

犬や猫が大好きで、飼い主さんの気持ちが痛いほどわかる分、かかるプレッシャーは大きくなりました。

そして、重度のプレッシャーは視野狭窄を起こします
まさに自分がこれでした。

 

・マルチタスクが多く、あれこれやるとミスが出る。

・冷や汗をかきながら診断すると見落としが出る。(院長にカバーしてもらってた)

・ミスをすると落ち込み、さらに精度が落ちる

・年6日しかない有休(話に関係ないけど労基入って)

 

負のスパイラルに陥って、気がつけば小学校時代のように自分を出すこともない、自信のない自分に逆戻りしていました

↑これが

 

↓こう

もともと豆腐メンタル(絹ごし)なんで。

また、一つ上にすごく仕事ができる先輩がいたことも自信のなさに拍車をかけました。

どうしても比較しちゃって、自分が自分であることがイヤでしょうがない。

 

すっかり意気消沈し、「自分にはこの仕事はムリだ」と結論付け、転職を考えていた時にまた一つの転機が舞い降ります
イヤな転機だったけど。

28歳の時、来年度の希望調査があり、僕は院長に「転職を考えています」と切り出したのですが、その時院長にこう言われました。

 

「その方がいいんじゃない?公務員ていう手もあるし」

 

もうね、頭にレンガを投げつけられたような衝撃でした。

ああ、そんな風に思われてたのか俺。
完全な戦力外通告じゃん

(公務員の仕事を悪く言うつもりはありません。臨床獣医として不合格という意味です)

 

その日はどうやって帰ったのか、家でどう過ごしたのかも覚えていないくらいショックを受けたのを今でも覚えています。(矛盾)

ですが、この一言をきっかけに、小学生時代からの負けず嫌いを発揮しはじめます。

 

「絶対に、院長に来年もいてくれと言わせてみせる」

ここから、仕事に対する姿勢を改めました。

・休みの日も仕事術に関する読書をして、論文も読む。

・病院にあった治療関連の本を借りて読み漁る。

・日本獣医がん学会と眼科学会に所属し、その分野での実力をつける。

・先輩の仕事を観察して、良いところを盗んでマネする。

もう無我夢中でしたね。

自分はこんなもんじゃねーぞ!っていう意地。
それだけで自分を奮い立たせてました。

それから1年で、分院(2病院目)を作るという時に、

「分院の院長代理、やってくれないか」

と院長に言われたのです。

 

いやー、もうね。なんていうかその。
へへへ。

ひとりトイレの中で飛び上がってガッツポーズ?みたいな?

背中ドアノブに打ちつけたよ?みたいな?

 

_:(´ཀ`」∠):_

 

それからは院長と先輩と、今後の動物病院の展開の仕方や方針についての会議(という名の飲み会)も参加するようになりました。

2次会のキャバクラは勘弁だったけど

後輩獣医が入った時には指導も任され、「1年でほんと変わったな」と院長に言ってもらえるようにもなっていました。

ガンの治療では院長から「ゆべし先生ならどう治療するの?」と意見を求められることもありましたね。

 

辞める時には、多分ほかの人には出ていなかった退職金もいただけました。

調べて分かったけど退職金て任意なのね。

けどそれよりも「やってもらってる仕事の割に退職金が少なくて悪いけど」という僕にとって最大級の賛辞の方が嬉しかったですね。

そんな苦悩と挫折と復活を経験した動物病院時代。

時間を求めて現在の職場へ

砂時計を見る犬のイラスト

辞めるまでは獣医の仕事が楽しく、しつけや栄養学についても勉強をし始めていたのですが、ふと将来を考えた時に

これから先40年、50年同じ仕事をし続けるのか」と疑問に思いました。

なにより、獣医の仕事はプライベートもほとんどなく、お金は稼げるけど時間がない。

 

これって将来の自分は幸せなんだろうか?と。

 

考えた結果、自分の興味があって、かつ自分の時間を持てる職場に行こう、と決意し転職、今の職場に落ち着きます。

ゆべし
ゆべし
エキゾチックアニマルを治療する現場です

*エキゾチックアニマル:犬猫以外の動物のこと

まだまだ未開拓の分野だけど、これも楽しい。

なにより時間が取れるのが大きい
それまではほんと勉強漬けだったんで。

結婚もして子供も3人いるので、学生時代や独り身の社会人時代ほどじゃないですけどね。

あと、もともと僕の患者さんだったシーズーの太郎。12歳で我が家にやってきました。

シーズー太郎の写真

めちゃくちゃかわいい。
世界で一番かわいい。

めちゃくちゃ手もかかるけど。
それでもいい。愛してる。

これからやりたいこと

ブログと出会って、生活は一変しました。

これまでは子供の面倒や家事に追われ、一日の生活をこなすだけで精一杯という感じでした。
ちょこっと余った時間は読書やYoutube見て過ごす感じ。

でも今はヒマを見つけてはブログの勉強をし、日々起こることをインプットし、Twitterも始め、時間を作るために時短生活を始め、

それら全部を記事にアウトプットする生活になりました。

まだまだ駆け出しで、記事も全然ありませんが、毎日が楽しくてしょうがないです。

ゆべし
ゆべし
やりたいことを見つけると、日々の小さなイヤなことが見えなくなりますよ

正直今の上司とかイヤで仕方なかったんですが、今はそんな事どうでもいいって感じ。
普通に話ができます。

これってけっこう大きいメリットかも。

 

このブログで少しでも収益が上がれば万々歳だし、上がらなくてもいいのかもしれない。

自分が生み出したものを誰かが読んでくれて、少しでも役に立てばそれでけっこう幸せ。

 

でもね。

収益があれば

イタリアに家族を連れていきたい

フリーランスになれれば両親の面倒見れる

住宅ローンの返金にも充てたい

子供の進学費用だって稼げるかもしれない

そんな野望もあります。

 

ここからは完全に取らぬ狸のなんたらですが、ウェブライターとして仕事ができるのなら

一次産業(農業や酪農)に携わる経営者さんで、面白い取り組みをしている人を取材してみたかったり

動物福祉関連(過激じゃないやつ)のイベントにライターとして参加してみたかったり

おカタい行政がらみの仕事を面白く取材してみたかったり

 

それで反応してくれる人がいれば、いろんな場所でお手伝いができるな、と。

結構やりたいこといっぱいあります。

 

「そんなことはとりあえず記事書いて何者かになってからにしろや」

「あと、プロフなのに記事より長い」

 

はい。

すいません。

_:(´ཀ`」∠):_

 

というわけで、ここまでクソ長いプロフにお付き合いいただきましてありがとうございました!

こんな僕でも仲良くしてやろう、という方がいればTwitter(@yubeshi_vet)とかで連絡もらえると喜びます。

 

おしまいっ